左前方50cm先セミバクダン

昔々。
いや、時間軸は関係無い。いつかのどこか。
ある町に、お爺さんとお婆さんが暮らしていました。
お爺さんは、豪邸に使用人だけ入れて篭りきり。
もうずっと、外に出たところを見た人はいませんでした。
お婆さんは、特別大きくも小さくも無い家で独りきり。
町の人たちと触れ合いながら、慎ましく暮らしていました。
誰が見ても、何の接点も無いふたり。
けれど、ふたりは夫婦でした。
ふたりは夫婦だと、町の誰もが知っています。
どうして別々に暮らしているの?
どうして結婚したの?
どうして子供もいないの?
どうして別れてしまわないの?
誰もがお婆さんに問いかけます。
そんな問いに、お婆さんは少し寂しそうに微笑むだけでした。

そんなある日。
お婆さんは体調を崩してしまいました。
ベッドから出ることも出来ないお婆さん。
お別れの時が近いと、誰もが感じていました。
皆、お婆さんとの別れを惜しみました。
そして思ったのです。
いつも姿を見せないお爺さん。
でも別れとなれば、さすがに姿を見せるに違いないと。
けれど、いくら待ってもお爺さんは現れません。
ある一人が言いました。
こんな時にまで篭りきりとは酷すぎる。
ある一人が言いました。
そうだ、今からあのお爺さんを連れてきてやろう。
でも、お婆さんは言うのです。
私は大丈夫。
こんなにも愛されて、今まで生きてきたのですから。
そのうえ、こんなに沢山の人が見送ってくれるだなんて。
幸せ過ぎて、きっと神様に怒られてしまうわね。
そう言って、笑いました。
皆、何も言えませんでした。
そして、最期の瞬間、目を閉じて、呟きました。



ありがとう。あなたのまごころ、わすれないわ。





数日後、お爺さんは亡くなりました。
ふたりは、一緒のお墓に入ったそうです。